恩田陸(おんだりく)


直木賞・本屋大賞など数々の受賞歴を持ち、「ノスタルジアの魔術師」の異名を持つ作家:恩田陸(おんだりく)。

この記事では恩田陸の経歴や主な作品、さらに印象的なエピソードをお伝えします。
彼女が描く物語は、ミステリー・ファンタジー・ホラーにSFと、とにかく様々なジャンルが目白押し。
おすすめの本もご紹介しますので、興味が湧いたものはぜひ読んでみてくださいね!

「ノスタルジアの魔術師」

「ノスタルジア」とは、「郷愁(きょうしゅう)」のこと。
ふるさとではない場所から故郷を想う気持ちや、懐かしさをいいます。

恩田陸の作品、特に初期のものは、この「ノスタルジー」を感じる小説が多いのが特徴です。

「麦の海に沈む果実」は全寮制の学園で起こる、上品ながら古めかしいミステリー。
また「蒲公英草紙 常野物語」は、20世紀の日本を舞台にしたファンタジー。

実際に旅行などでふと懐かしく感じた風景から、ストーリーを思いつくこともあるそうです。

経歴

生まれも出身も東北

東北生まれの恩田陸さん。
ちなみにウィキペディアでは、「青森県青森市生まれ」「宮城県仙台市出身」と記されています。
生まれと出身? と驚かれるかもしれませんが、これは戸籍が関係しています。

恩田陸さんは青森県青森市で生まれました。
しかし両親は宮城県仙台市出身で、実家があるのも仙台市。
この関係か、恩田さんの本籍は仙台市になっています。

そのために、生まれは青森・出身は仙台という表記になっているんですね。
直木賞などのサイトでは、戸籍を重視しているのか「仙台市出身」のみ書かれています。

本と音楽に囲まれた転校生活

ご両親の都合で、幼い頃から転校が多かったそうです。
幼児期から愛知県名古屋市や長野県松本市、小学校は富山県富山市や秋田県秋田市。
中学校は仙台市や茨城県水戸市と、学校を転々としています。
水戸第一高等学校を卒業後、早稲田大学教育学部に進学、卒業しました。

本だけでなくレコードも多い家庭だったほか、ピアノも習ったこともあるそう。
大学のサークルでアルトサックスを担当した後も(後述)、「ピアノを聞くのが一番好き」とインタビューで答えています。

「夜のピクニック」は、ご自身がOGである茨城県水戸第一高校の行事「歩く会」がモデルとした作品です。
「歩く会」は約70キロを夜通し歩く、長距離歩行の大会。
小説では「歩行祭」と名前を変えて、作品のメインに据えられています。
この物語は第26回吉川英治文学新人賞第2回本屋大賞を受賞。
非日常から生まれる生徒たちの葛藤を表現した、傑作青春小説です。

早稲田大学ではハイソサエティー・オーケストラでアルトサックスを担当。
「蜜蜂と遠雷」で直木賞を受賞した際は、祝辞がホームページに掲載されました。

ちなみに早稲田大学には、「ワセダミステリクラブ」という総合文芸サークルがあります。
恩田さんも所属していましたが、その時に本格ミステリを読む人がいなかったことから、ごく短期間だったそうです。

就職、そして作家デビューへ

大学卒業後は生命保険会社に就職しました。
しかし円形脱毛症になってしまうほど多忙で、入院も経験。

さらにその頃、酒見賢一さん「後宮小説」を読んで、作者の年齢が自分と1歳しか変わらないことに衝撃を覚えます。
恩田さんも「いつか作家になりたい」と考えていたものの、時期は漠然と定年頃と考えていたそうです。

そこで、勤務をしつつ作家活動を開始。
その後は本を読む時間がないほどの多忙さを理由に、4年で生命保険会社を退職します。

退職後に書き上げた「六番目の小夜子」第3回ファンタジーノベル大賞の最終候補作に。
(「後宮小説」が大賞を受賞した文学賞です)
翌年の刊行により、作家デビューを果たします。

多くの作品を発表、そして専業作家に

その後は編集者の勧めもあり、不動産会社に勤務しながら、多くの連載・刊行を続けていきました。
(修業期間がなかった為に、たくさん書いて鍛える意図があったそうです)

作品を安定して出せるようになった頃、複数の編集者から専業化の提案を受けました。
そしてめでたく独立、専業作家となります。

独立を機に「営業パーティー」を開催。
そこで小説の企画を10本ほど配ったところ、約7本が色々な出版社に買われたというエピソードがあります。

「私は自分のことをエンタメ作家だと思っていて、
昔は一息で読めるもの、あっと言う間に
読めてしまうようなものが面白いと思っていたんですけれど、
面白さにもいろんな種類があって、ちんたら読んだりとか、
時々立ち止まって、また続きは間を空けてから読んだりとか、
面白さにもいろんな種類があると思うので。
これからは、またいろんな種類の面白さを体感できるような
小説を書いていきたいと思います」

ご本人も多読である故に、すでに世に出ている作品にも多くの敬意を表しています。
自分の好きな小説をオマージュしている作品も多く、しかし「縮小再生産」にならないよう気をつけているそうです。

主な作品リスト

恩田陸はデビュー後、数多く物語を書くことで、自らを鍛えようとしていたそう。
そのため連載も多く、非常に多作な作家と言えるでしょう。

さらに多岐に渡るジャンルの本を出版しているのも、大きな特徴。
ミステリー、ファンタジーやホラー・SF・青春ものに演劇・音楽をテーマにした作品などなど。
果てには紀行(旅行で体験したことを書くジャンル)やエッセイ、戯曲まで。

その中から賞をとった有名な作品や、様々なジャンルの一風変わった作品をご紹介します。
短編集もありますので、ぜひご自分の好きそうな作品を選んでみてくださいね。

小説

「六番目の小夜子」

 

第3回ファンタジーノベル大賞の最終選考となった、記念すべきデビュー作品。
「サヨコ」という不思議な言い伝えのある学校で起こる、ホラー要素のある学園ミステリーです。
NHKで実写ドラマ化され、こちらも話題になりました。
鈴木杏・栗山千明・山田孝之などが出演、VHSやDVDが発売されています。

「光の帝国 常野物語」

「常野物語」(とこのものがたり)シリーズの第1作、ジャンルはファンタジーです。
この作品も大変人気で、ハードカバーから文庫と、表紙を変えながらも長く刊行されています。
NHKで実写ドラマ化されたほか、演劇も上演されました。

さらにシリーズの2作目「蒲公英草紙」は、第134回直木賞候補作です。
「常野物語」シリーズは別の記事にまとめてあります。ぜひこちらをご覧ください。

恩田陸「常野物語」――『常に野に在れ』、ふしぎな一族の穏やかな物語

「木曜組曲」

 

華やかな女性と料理やお酒の数々、そして作家の死を巡る様々な推理が魅力のミステリーです。
実写映画化もされ、鈴木京香や浅丘ルリ子が出演しました。

毎年、木曜日を含む数日間に、とある作家を偲ぶ集まりが開かれていた。
集うのは、いずれも作家と縁深き女性5名。
けれども今年は何かが違う。
謎の文章とともに花束が贈られてきて……。

「ネバーランド」

 

私立男子校の寮で起こる青春ミステリー。
実写ドラマ化され、ジャニーズの今井翼やV6の三宅健が出演しました。
主題歌となったのは、V6の「出せない手紙」。
実は恩田陸が、セキヤヒサシの名前で作詞した曲なんです。

「麦の海に沈む果実」

どこか異国情緒のある、北方の湿原地帯にそびえる学園が舞台のミステリー。
その閉鎖的な空間で起こる謎と、ミステリアスな主人公・水野理瀬といった登場人物が魅力の作品です。

 

理瀬が主人公・もしくは関連する作品は、ファンから「理瀬シリーズ」と言われています。
「三月は深き紅の淵を」のとある章や、「黄昏の百合の骨」「黒と茶の幻想」などが該当するほか、短編や外伝ストーリーも存在。
明確に続編や読むべき順番があるわけではなく、理瀬に関連する小説全般をいいます。

「ドミノ」

東京駅を舞台にした、ハイテンポなパニックコメディ。
様々な登場人物のエピソードが、まさにドミノ倒しのようにつながっていきます。
「ドミノⅡ」というタイトルの続編が、雑誌「小説 野生時代」で連載中です。(2019年1月現在)

「図書室の海」(作品集)

恩田陸初期の作品集です。
どれも短めなので読みやすく、様々なジャンルの短編がふんだんに散りばめられています。

「六番目の小夜子」の番外編「図書室の海」。
「夜のピクニック」の前日譚「ピクニックの準備」。
「理瀬シリーズ」の短編「睡蓮」。
このように他作品とリンクしている短編もあり、本編を読む前でも後でも楽しめますよ。

「ロミオとロミオは永遠に」

 

ハヤカワSFから刊行された、不思議なSF学園モノ
20世紀がそのまま続いたような近未来で、その時代のサブカルチャーがふんだんに登場します。

「夜のピクニック」

 

第2回本屋大賞・第26回吉川英治文学新人賞を受賞した青春小説です。
とある高校で毎年行われる行事「歩行祭」の直前から最後までを描いています。
実写映画化・音楽劇化がなされています。

この作品で恩田陸を知った、という方も多いのではないでしょうか?
読書経験があまりない方にもおすすめできる、読みやすい物語ですよ。

「ユージニア」

第59回日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門を受賞。
第133回直木賞の候補作となったミステリーです。

ハードカバー・文庫ともに、ブックデザイナー祖父江慎さんが担当。
特にハードカバーのデザインは、気づいた時に気味悪さが増すような面白い仕掛けが施されていますよ。

「ネクロポリス」

ダークファンタジーにミステリを足したような作品で、上下巻に分かれています。
死者たちを「お客さん」と呼ぶ地、「アナザー・ヒル」
不可思議な暗い世界観は、限りなくフィクション(作り物)めいています。
特に上巻の謎が深まる雰囲気がたまりません。

表紙は「エンド・ゲーム 常野物語」も担当した藤田新策さん
ダークで幻想的な表紙が、この物語の不気味さをよく表現しています。
上下巻並べると「アナザー・ヒル」が一望できますよ。

Shinsaku Fujita(藤田新策ウェブサイト)

「中庭の出来事」

第20回山本周五郎賞を受賞した、演劇をテーマにしたミステリーです。
瀟洒(しょうしゃ、あかぬけてしゃれているさま)なホテルの中庭で起きた、脚本家の不審死。
周囲にいたのは次の芝居のヒロイン候補たちで……。
小説の中に演劇が入り込む劇中劇のような、入れ子構造になっています。

「朝日のようにさわやかに」(作品集)
「いのちのパレード」(作品集)

 

どちらも作品集。
恩田陸らしさのある不思議な物語や、不気味さを感じる短編が綴られています。
長編を読むのが大変だと感じる方は、ぜひお手にとってみてくださいね。

「夢違」(ゆめちがい)

 

読み方に迷ってしまうかもしれませんが、表紙に「yume chigai」と書かれています。
「ゆめちがえ」「ゆめたがえ」「ゆめちがへ」とも言いますが、意味は「悪い夢を見た後に、災いが起きないようにするおまじない」のことです。

恩田陸が得意とする、まさに夢のような不思議で怖い世界観を味わえます。
こちらは第146回直木賞候補となりました。

またこの作品は、実写化ドラマ「悪夢ちゃん」の原案です。

「蜜蜂と遠雷」

直木賞本屋大賞を受賞した、ピアノコンクールをテーマにした青春群像小説です。
この作品はこちらの記事で詳しく書いています。

『読んだ』人だけが『聴こえる』、恩田陸「蜜蜂と遠雷」

エッセイ・紀行文

「小説以外」

雑誌などに掲載されたエッセイや対談を集めた書籍になります。
初めてのエッセイ集は、必ず「小説以外」というタイトルにしようと決めていたそうです。

「「恐怖の報酬」日記 酩酊混乱紀行 イギリス・アイルランド」

飛行機が苦手な恩田陸が、イギリスとアイルランドへ行きビールを飲みまくる、という作家初の紀行エッセイ。

紀行よりもエッセイに重きを置かれている印象があります。
「飛行機に乗りたくないけれど、外国へ行ったりお酒を飲みたい」という葛藤や、ちょっとした脚注が面白い作品です。

これらの他にも、アンソロジー(ひとつのテーマに沿って複数の作家の作品がひとつの本になったもの)に恩田陸の作品が収録されていたり、
逆に恩田陸自らがアンソロジーを作っていたりもします。
(これを「編纂(へんさん)」といいます)

恩田陸のエピソード

無類のお酒好き

お酒好きで有名な彼女。お酒やおつまみ・料理のおいしそうな描写は、作品にも多く登場します。

10年以上探しても見つからない本をめぐるミステリー「三月は深き紅の淵を」では、こんな文章が。

「あら、素敵。今日のメニューはなあに?」
ワインの栓を抜きながら水越夫人が皿をのぞきこむ。鴨志田は手を休めずに答える。
「キビナゴの一夜干しが安かったんで、柳川仕立てにしてみたんだよ。それに、春だから菜の花のくるみあえ。セロリと蒸し鶏とリンゴのサラダ。イワシの竜田揚げ。こっちは、ブルーチーズを生クリームでゆるめて、おぼろ昆布とマーマレードであえてみた。ちょっとおつな味だよ。ワインにいいかもしれない。あと、帰り道の和菓子屋にうまそうなよもぎ餅が出てたんで、こいつを揚げ出しにしてみた。

読むだけでお腹が鳴ってしまうような、しかもかなり凝った料理の数々です。

さらにこの場では、別の人が内田百閒(うちだひゃっけん)の「御馳走帖」を読んでいたり。
思わずニヤリとしてしまうシチュエーションです。

性別

デビューしたての頃は男女どちらか、憶測が飛び交っていました。
作家近影がなかったほか、恩田陸という男女どちらともとれる作者名であったことも理由のひとつ。
(書店員さんが男女作家どちらの棚に置くのか悩んだ、という話もあります)

今では数多くのインタビューや受賞会見などで、女性であることがわかっていますね。

直木賞受賞の会見・選評

直木賞の会見では、同じ学校の同級生だったニコニコ動画の方と、笑顔でご挨拶する場面が。
「同級生に一言」と問われ、「直木賞作家になりました」と笑いながら答える、こちらまで微笑ましくなる和やかな一幕もありました。

ちなみに、直木賞受賞までにノミネートされた回数は、実に6回。
「ユージニア」「蒲公英草紙 常野物語」「きのうの世界」「夢違」「夜の底は柔らかな幻」が候補作となっていました。

直木賞では、審査員が各作品について選んだ理由や、批評(それぞれの良い点・悪い点を評価すること)を記した「選評」が公開されます。

直木賞の選評は、雑誌「オール讀物」に掲載されています。
審査員の林真理子さんは、「「つらいから」という理由で、数回めの候補を降りる若い作家」もいることを明かしつつ、次のように称賛しました。

「これだけの人気作家にとっての何回かの候補は、不本意に感じたこともあったかもしれない。
しかし今回このような傑作で直木賞をおとりになったのだ。」

恩田陸は、非常に多くの作品を刊行しています。
ご紹介した書籍以外にも物語はありますので、気になるものはぜひ手にとってみてくださいね。

参考サイト

恩田陸 – Wikipedia

恩田陸さん「本屋大賞&直木賞」努力の25年間 | PRESIDENT WOMAN |