「常野物語」は、恩田陸が書いた小説シリーズの総称です。
2018年現在、以下の3冊が刊行されています。
「光の帝国」
「蒲公英草紙」(たんぽぽそうし)
「エンド・ゲーム」

それぞれのあらすじや魅力をご紹介します。

彼らはひっそりと、世界に溶け込んでいます。
もしかしたら、あなたの隣にも「常野」の人々がいるかもしれません…。

1.「常野物語」とは?

常野一族とは、超常能力を持った人々のこと。
「常に野に在れ」「在野であれ」と伝えられ、権力を持たずにひっそりと生きているのが特徴です。
(「在野」(ざいや)とは、一般的に公職に就かず民間で活動する人物や団体のことを指します。)

彼らの能力は様々。
無尽蔵の記憶をしまえる「引き出し」を持った一族。
オセロのように「裏返す」「裏返される」かを生きる、熾烈な人々。
ふつうの人には見えない「草」を駆除する「草取り」

他にも遠見遠耳発火能力(パイロキネシス)…。

これらの特異な能力ゆえに、時代によっては迫害されたり、研究の対象とされていたことも。

彼らはどんな人々なのか?
過去に何があったのか?
どこへ行き、帰るつもりなのか…?

「常野物語」シリーズでは、そんな常野一族の者や、それに関わるふつうの人間にスポットが当たっています。

上述した通り、「常野物語」は2018年現在で3冊が刊行されています。

「光の帝国」
「蒲公英草紙」(たんぽぽそうし)
「エンド・ゲーム」

読書に慣れていない方は、短編集である「光の帝国」から読み始めることをおすすめします。
また入手順を考慮しないのなら、やはり刊行順に読んでいく方がしっくりくるかもしれません。

ただし、作者は「どの作品から読み始めても大丈夫」(「エンド・ゲーム」文庫版あとがきより)と言及しています。
シリーズ作品ではありますが、手に入ったものから読み始めても困ることはありません。

2.あらすじ

「光の帝国」

最初の作品で、10篇が収録されている短編集です。

「大きな引き出し」
「二つの茶碗」
「達磨山への道」(だるまやまへのみち)
「オセロ・ゲーム」
「手紙」
「光の帝国」
「歴史の時間」
「草取り」
「黒い塔」
「国道を降りて…」

この中から、3つのあらすじをご紹介します。

「大きな引き出し」

書物をまるごと暗記できる、「しまう」一族・春田家。
小学生の春田光紀(はるたみつのり)は、その能力を隠さなくてはならないことに不満を感じています。
姉と違ってまだ「響く」経験がなかった彼は、ある日、近所のお爺さんの異変にでくわします…。

「オセロ・ゲーム」

自分たちだけに分かる異形たちを「裏返す」ことで生き抜いてきた、拝島親子。
娘・時子の父親は、行方不明になっていました。
彼は「裏返されて」しまったのだろうか?
母・瑛子は時子がまだ「裏返す」能力に目覚めていないことに、安堵や不安といった、様々な感情を覚えていましたが…。

「光の帝国」

時代は戦争下、東北のとある分教場。
そこは学校ではありますが、常野から離れ調子が悪くなった子どもたちの療養場所でもありました。
(分教場(ぶんきょうじょう)とは、学校から離れた地に住む生徒のために建てられた小規模の学校、今でいう「分校」のことです。)
その穏やかな山奥が、悲惨な戦争から逃れる疎開先のような役割をもちはじめていた頃。

長老のようなツル先生や歌の上手なコマチ先生、屈強な身体のジロ先生。
途切れとぎれに言葉を話す健や「遠目」のあや、天才的な音楽センスを持つ岬(みさき)、人間不信の状態で分教場へ来た信太郎。

彼らが常野の地で出会い、別れ、再会を約束するまでのお話です。

他の短編も、穏やかでありながら不思議な優しさに満ちたものばかり。
もちろんすべての短編に、「常野」から来たという人々が登場します。

「蒲公英草紙」(たんぽぽそうし)

時代は20世紀初頭、戦争が迫りゆく頃。
前著の「大きな引き出し」に登場した一族・春田家と、その周囲の人々を描いた長編です。
第134回直木賞の候補作となりました。
「です・ます」調で記された、古き良き日本をイメージする作品です。

田園の広がる東北の農村。
旧家・槙村家の末娘・聡子は身体が弱く、医院を営む中島家の娘・峰子がお話相手となっていました。
そんな穏やかな日々に突如空へ上がった、赤い凧。これを合図に槙村家へ訪れたのが、春田一家です。

二十世紀初頭の「にゅう・せんちゅりぃ」を懸命に生きる、懐かしさを感じるような日々が綴られています。

ちなみに、連載時にはなかったエピソードがいくつか追記されています。

「エンド・ゲーム」

「光の帝国」内「オセロ・ゲーム」に登場した、「裏返す」能力を持った母と娘がメインの長編です。
全体的に穏やかな前の2作とは一変してサスペンス風、異様な雰囲気に満ちています。

後半にかけて描写される恐ろしい世界の様子も相まって、ただのサスペンスではなく、おどろおどろしいホラーにも感じられる、不思議な物語です。

現代の都会が舞台のこの作品。
母・拝島瑛子が仕事中に突如昏睡状態となってしまい、娘の時子が呼び出されます。
「常野同士の婚姻で血を濃くさせてしまったため、拝島家は常野一族から孤立している」
そう瑛子から聞かされていた時子は、自宅の冷蔵庫に貼られていた電話番号のメモがなくなっていることに気づきます…。

3.登場人物

常野の一族

春田家
「光の帝国」の「大きな引き出し」で登場する、「しまう」能力を持った家族です。
また「蒲公英草紙」では、この春田家のご先祖さまが、現代と同じく4人家族で登場しています。

拝島家
「裏返す」能力を持っています。
母の瑛子と娘の時子、二人暮らしです。
父は時子が幼い頃に行方不明となっていました。父は大学の教室で、いっぺんに「あれ」を「裏返せる」実力者だったそうですが…。

ツル先生
常野一族の長老といえる存在。禿頭にうっすらとした白髪の老人で、小柄なのが特徴です。
長命なだけでなく、とてつもなく足の速い「つむじ足」でもあります。

「遠目」(とおめ
予知能力のことを指します。
「光の帝国」に登場するあやの一家がこの能力者でした。
言及はありませんが、他にも作中で「遠目」が出ているかも…?

「遠耳」(とおみみ)
遠くの場所で起きている出来事を知ることができます。
いわゆる「千里眼」です。

「草取り」
街のあちらこちらに生えている、彼らにしか見えない草を取り除く作業をする人々。
彼らはその作業を「草取り」と呼んでいます。

人物相関図

最後に、シリーズ通しての人物相関図を記しておきます。
読んでいて分からなくなってしまった際に、ご参照していただければ幸いです。
あえて関係性を細かく書いてはいませんが、ネタバレを気にする方は避けてくださいね。

常野物語の人物相関図
常野物語の人物相関図

4.「常野物語」の魅力

平易な表現、柔らかな言葉

常野一族はそれぞれ不思議な能力を持っています。
しかしその能力はすべて、日常生活でもよく使う単語で表現されているのが特徴です。

「しまう」「虫干し」「草取り」「裏返す」「洗濯する」、などなど。

固有の単語を使わず馴染みのある表記であることが、不思議な雰囲気を醸し出して、物語を彩ります。

不思議な優しさ、淡い哀しみ

彼らはその特異能力ゆえに、理解されないこともあります。
拒絶されたり、あるいは自ら他の人々から距離を取らなくてはならないことも。

しかし常野の人々は、それに対して怒ったりすることはありません。
あくまで自分の能力を隠しつつ、あるところでは常野以外の人々を救うべく、力を振るうこともあります。
また、見えない災厄から世界を救ってすらいるのです。
その健気ともいえる優しさと、分かりあえないという哀しみは、作品の随所に見られます。

曖昧(あいまい)であること

曖昧であること、これは恩田陸の多くの作品にある特徴的な要素です。

常野一族やその能力、歴史などについて、しっかりした説明がされることはありません。
文庫版の解説を担当した小説家・久美沙織さんは、恩田陸の表現をこう評しています。

不可知は不可知のままに、不可分は不可分のままに、不条理は不条理のままに、混沌は混沌のままに、そうして、すべてを優しさと愛しさで包んで、お書きになるんである。小説の中だからといって、ものごとを、作者に都合よく並べ替えたりしない。

春田家の人々が、世界が美しいことも醜いことも等しく「しまう」のと同じ視点で、作者は物語を描写します。

ただし、これは賛否のある点でもあります。

例えば、直木賞候補になった恩田陸の作品「ユージニア」は、グレーゾーンを描いたミステリアスな作品です。
この「はっきりしない」ことがマイナス点とされ、この作品で直木賞は受賞しませんでした。

しかし、その曖昧さこそが魅力であるのもまた事実です。
白黒も善悪も、正常なのか異常なのかも分からない。
世界ではこれが普通のことであり、そんな中でも私達や、常野の人々は生きているのだと感じられます。

また、能力がなくても、常野の人々を愛おしむ人はいます。
能力を持つという「異物」でも、柔らかに穏やかに包み込んでくれる。
不思議なところはあっても、「まあそんなものかな」と、あえてつっこまない優しさ。

曖昧さがあるからこそ、「もしかしたら現実の私の近くに常野の人々がいるのかもしれない」と思えるのです。
現実と虚構が入り交じる、とても希有な物語と言えるのではないでしょうか。

5.書籍情報・表紙

2018年現在では、集英社からそれぞれの文庫が刊行されています。

また、Kindleもありますので、電子書籍をご希望の方はこちらをどうぞ。

「光の帝国」表紙
左がハードカバー版・右が旧文庫版です

単行本・文庫ともに表紙が特徴的なこの作品。
特に「光の帝国」の文庫版は、以前と現在で表紙が異なっています。
どちらも幻想的な美しいカバーですね。

ハードカバー版の装画と本文イラストは谷口周郎さん。
旧文庫版のカバーは柴田尚吾さんが担当しています。

::::: PASTEL WONDERLAND by shuro taniguchi :::::

「蒲公英草紙 常野物語」ハードカバー表紙

「蒲公英草紙」のハードカバー版は菊寿堂いせ辰が図案を提供しています。
いせ辰は、1864年(元治元年)から続く千代紙・おもちゃ絵の版元です。
現在も谷中に本店を構え、江戸千代紙などを販売しています。
通販もありますので、ぜひ一度見てみてくださいね。

いせ辰(公式ウェブサイト)

「エンド・ゲーム 常野物語」ハードカバー表紙

「エンド・ゲーム」単行本の表紙を描いたのは、イラストレーターの藤田新策さん。
雑誌の連載時にも挿画を担当、HPでは一部を見ることができます。
モノクロを基調とした不気味な雰囲気が、「エンド・ゲーム」にピッタリですね。

余談ですが藤田新策さんは、スティーヴン・キングや小野不由美・宮部みゆきの挿画も手がけています。
恩田陸では他に「ネクロポリス」を担当していますので、ご興味のある方はぜひ見てみてくださいね。

Shinsaku Fujita(藤田新策ウェブサイト)
藤田新策(@Shinsakuron)さん | Twitter

6.実写・舞台

実写ドラマ

「光の帝国」は、2001年にNHKで実写ドラマ化されました。
ドラマは全4回放送、主演は前田愛さんです。
脚本は「大きな引き出し」をベースにしていますが、かなり内容が異なっています。
残念ですが、ビデオなどで販売されていないようです。
ちなみに、この作品で前田愛さんと中村勘太郎(現:中村勘九郎)さんが共演し知り合い、2009年にご結婚されています。

ドラマDモード 光の帝国 | NHK名作選(動画他)
ドラマDモードシリーズ「光の帝国」 | NHKドラマ

舞台

演劇集団キャラメルボックスが、2009年に「大きな引き出し」を舞台化しました。
短編演劇(ハーフシアター)という、通常の演劇より短い公演となっています。
DVDも発売されましたが、現在絶版となっているようです。

2009ハーフタイムシアター|演劇集団キャラメルボックス

その後、2017年にグリーティングシアターとして再演。
上のyoutubeの紹介動画はその際のものです。
再演にあたり加筆され、上演時間が長くなっています。

光の帝国 – キャラメルボックス2017グリーティングシアター VOL.4|演劇集団キャラメルボックス[CARAMELBOX]

7.作者:恩田陸

作者の恩田陸は、1964年生まれの女性作家です。
1992年に「六番目の小夜子」でデビュー、2017年に「蜜蜂と遠雷」直木賞を受賞しました。
以下のページで作者も書籍も紹介しておりますので、ぜひご覧くださいね。

『読んだ』人だけが『聴こえる』、恩田陸「蜜蜂と遠雷」

8.オマージュ

恩田陸の小説は、オマージュされた作品があるのが特徴です。
そこから「常野物語」で「元ネタ」ともなる2作品をご紹介します。

ゼナ・ヘンダースン「ピープル・シリーズ」

ゼナ・ヘンダースンは、アメリカの女性SF作家です。
ゼナの代表作ともいえるSF連作短編集、「ピープル・シリーズ」
超常能力を持ちながらも、日常へひっそりとなじむ人々を描いた作品です。

ハヤカワSFで「血は異ならず」「果しなき旅路」が翻訳されていましたが、絶版となっています。
2018年現在では、河出書房から出版された「ページをめくれば」で、短編11編を読むことが可能です。
こちらも公式サイトなどでは品切れ中ですので、気になる方はお早めにご確認ください。

デビュー作「おいで、ワゴン!」は、小さな子どもが手を使わずワゴンを引き寄せる様子に驚く男性のお話。

「果しなき旅路」では、超能力を持った彼らの正体が明かされます。
種族の掟を守りひそやかに生きる子どもたちを、学校の女性教師からの視点で描いた作品です。

人間にはない力を持つ常野一族と似ていますが、違う点は、われわれ人間に対して開放的かどうか。

常野一族は「常に野に在れ」という言葉通り、権力を持たずにあちこちへ散らばっています。
普通の人々と同じ場所で交流・生活し、血を広く薄くしていくのが信条のようです。

それとは別に、ピープルたちは隔絶された環境にいることがほとんど。
人間とは極力関わらず、ひっそりとゴーストタウンのような土地にいます。

どことなく西洋と東洋の違いがあり、とても面白い特徴ですね。
西洋と東洋での考え方の違いは、「蒲公英草紙」でも言及されていますよ。

ページをめくれば :ゼナ・ヘンダースン,安野 玲,山田 順子|河出書房新社

柳田國男「遠野物語」

「常野物語」という名前は、説話集「遠野物語」を連想させる名前です。
もちろん作者自身も、これを意識して名付けたそう。

「遠野物語」は、柳田國男(やなぎだくにお)が明治時代に発表した説話集。
岩手県遠野地方に伝わる伝承などを、柳田國男が記述したものです。
妖怪や神隠し、神々を祭る行事や風習が取り上げられています。

これを意識してか常野一族も、東北にあるという架空の地方にルーツがあるとされています。

ちなみに、恩田陸の出身も東北地方。
実際は引っ越しが多くあちこちを転々としていたそうですが、これもまた縁のようなものを感じますね。

「遠野物語」はKindleやAudibleでも楽しむことができます。
無料ですので、使える方はぜひご利用ください。

他にも読みやすく口語訳されているものもありますので、気になる方はこちらをどうぞ。

参考サイト

常野だより(集英社公式特集サイト)
「常野物語」検索結果 | 集英社の本 公式
常野物語 – Wikipedia

コメントを残す