明治時代の文豪・太宰治(だざいおさむ)
昔話を彼なりにアレンジした「お伽草紙」(おとぎぞうし)という作品があるのをご存知ですか?

2019年4月には、所在不明だった直筆の完成原稿が発見され、ニュースにもなりました。
日本近代文学館にて2019年4月6日から6月22日にて開催される、「生誕110年太宰治 創作の舞台裏」という催しで展示されるそうです!

生誕110年太宰治 創作の舞台裏 – 日本近代文学館

カチカチ山の兎は美少女、狸は37歳男性!?
瘤取りじいさんは家庭で肩身の狭い思いをしていた?

こんな独創的な解釈のもと、4つの短編が収録されています。
「有名な作家の作品を読んでみたいけれど、難しそうで読む気になれない…」
そんな方は、ぜひこのお話から初めてみてはいかがでしょう。

「お伽草紙」とは?

国語の教科書に出てくるような文豪たち。夏目漱石、芥川龍之介、森鴎外…。
有名な作家はたくさんいますが、「難しい漢字や言い回しで読みづらい」と敬遠してしまいがち。

そんな方におすすめなのが、太宰治の「お伽草紙」。
日本に伝わる昔話に、登場人物の心情などを彼なりに加えた、一風変わったお話です。

読みやすいポイント

みんなが知っている昔話が題材

「お伽草紙」は、4編が収められた作品です。

「瘤取り」(こぶとりじいさん)
「浦島さん」
「カチカチ山」
「舌切雀」

どれも子どもの頃聞いたことがある昔話ばかりですね。
あらすじが分かっているので、内容が頭に入りやすくなっています。

さらにこの4編は、どれもが短編。
文庫では1編30ページほどで読めるようになっています。

入手方法も豊富

有名な作品ですので、入手も比較的かんたんです。
「お伽草紙」は他にも電子書籍や、インターネット「青空文庫」で読むことができます。
図書館などで「太宰治」全集を見てみるのもいいかも。

ちなみに冒頭にもあるこちらの画像は、新潮社の文庫版です。
昔話によく出てくる鬼と、小さい人間の対比がとても良く表現されています。

こちらは岩波文庫の「お伽草紙・新釈諸国噺」。

(ちなみに「新釈諸国噺」(しんしゃくしょこくばなし)は、「お伽草紙」のおとぎ話を井原西鶴の作品にしたバージョン。
まさに「新しく解釈した」ような作品です。)

音読しやすい文章

後述しますが、「お伽草紙」は子どもに話して聞かせるというかたちで描写されます。
そのためか、音読しやすい文章になっている箇所が多いのが特徴です。

ムカシ ムカシノオ話ヨ
ミギノ ホオニ ジャマッケナ
コブヲ モッテル オジイサン

その雀が、いまお婆さんの退場後に、はたはたと軒下から飛んできて、お爺さんの頬杖ついている机の端にちょんと停る。

音読してみると、とても小気味いい文章になっているのがポイント。
いかにも「昔話」風の文章はもちろん地の文章や会話でも、声に出してみると意外にスルスル読めるのではないでしょうか。

黙読ではなかなか読み進められない…という場合に、他の本でもできる方法です。
ぜひ試してみてくださいね。

参考サイト

「図書カード:お伽草紙」青空文庫
太宰治『お伽草紙』新潮社

2019年4月、直筆原稿も発見

冒頭でご紹介した通り、太宰治の直筆原稿が発見されました。
戦中・戦後に書かれたこの原稿は、当時の生々しさや修正跡が残る、とても貴重な資料です。

所在不明だった太宰治「お伽草子」の直筆原稿を発見 初公開へ – ライブドアニュース

(注意:2019年4月5日時点では、ニュースの題名がお伽草「子」になっています。
 しかし太宰治の作品は、お伽草「紙」が正しい表記です。本文では正しく「草紙」になっています。
 ちなみに「御伽草子」は、鎌倉時代末から江戸時代にかけてできた、短編の絵入り物語のことです。)

あらすじ

「お伽草紙」には「前書き」があります。

時は戦時下、高射砲の音が聞こえ防空壕へ入る父親が出てきます。
空襲を耐え忍ぶあいだ、娘がぐずらないように、父親は絵本を読んでやります。
その物語の内容こそ、「カチカチ山」や「舌切雀」といった昔話。
けれど読み聞かせをしつつ、父親は別の物語を考えていたのでした…。

「瘤取り」

右の頬に瘤のあるお酒好きなお爺さんが、お婆さんと息子の3人で暮らしていました。
けれども2人があんまりにも真面目で無口なので、お爺さんは浮かない日々を過ごしています。
そんな中分け入った山で、お爺さんは夕立にあい…。
もちろん左の頬に瘤のあるお爺さんも登場しますよ。

「浦島さん」

浦島太郎は、丹後の水江(みずのえ)にいる旧家の長男。
良く言えば風流・悪く言えば道楽という、何だか斜に構えたような人です。
助けた亀となんのかんの言い合いをしながら、竜宮城で玉手箱をもらいますが…。

ちなみに、玉手箱を開けた浦島太郎について、語り手である「私」はある推論を述べています。
太宰治の考えが随所に垣間見える1編です。

「カチカチ山」

カチカチ山の物語に於ける兎は少女、そうしてあの惨めな敗北を喫する狸は、その兎の少女を恋している醜男。これはもう疑いを容れぬ儼然(げんぜん)たる事実のように私には思われる。

こんな文章から始まる「カチカチ山」は、まるでラブコメのような1作になっています。
成敗される狸に同情し、憐れむような視点で語られているのが、とても印象的です。

ちなみにこの作品は「太宰治のカチカチ山」として、テレビで2時間ドラマ化されました。

「舌切雀」

舌切雀の主人公は、「日本で一ばん駄目な漢と言ってもよいかも知れぬ」お爺さん。
40歳にも満たないのに、自分からお爺さんと呼んでくれというような人です。

ある日近寄ってきた雀が若い声で喋ったことがきっかけで、お婆さんは雀の舌を抜いてしまいます。
その日から、お爺さんの竹藪大捜索が始まるのですが…。

「お伽草紙」が書かれた背景

「前書き」にある通り、これは戦時中に昔話を語るという作品です。

実際に太宰治が「お伽草紙」を執筆していたのは、戦争末期の昭和20年3月、連日続く空襲の中でした。
終戦直前の7月に完成、10月に筑摩書房より刊行されたのです。

戦時中に、もっと昔の話を読み聞かせる父親の物語。
さらに太宰治はこの父親に、自分の思想や感覚を投影させたようです。

何だか不思議な感覚ですが、昔話自体はとても馴染み深いもの。
難しいことを考えず、まずは読んでみてくださいね。
一種のエンターテイメント作品のように楽しめる作品です。