将棋界で最年少となるプロ入りを果たし、快進撃を続ける藤井聡太七段

彼が「好きな本」として挙げた三冊の中から、SF小説「アド・バード」をレビューします。

日本SF大賞を受賞した、天才棋士が愛する作品をぜひ味わってみてください。

また「長編は読むのが大変!」という方向けに、「アド・バード」の作者:椎名誠の短編SFも併せてご紹介します。

読書を楽しむきっかけになれば幸いです。

 

目次

1:棋士:藤井聡太の好きな本3冊

 
藤井聡太棋士は驚くほどの昇段ペースを保ち、国民栄誉賞を授与されたあの羽生名人とも熱戦を繰り広げていました。

そのあまりの快進撃ぶりをメディアも大きく取り上げています。将棋をよく知らないという方でも、名前や顔をご存知な方は多いでしょう。

 

東スポ「29連勝!無敗・藤井聡太四段の注目進路」

こちらの記事で、その藤井聡太七段が「好きな本」と挙げたのが以下の三冊。

「海賊とよばれた男」 百田尚樹 (2012年刊行)
「深夜特急」 沢木耕太郎 (1986年に第一巻刊行)
「アド・バード」 椎名誠 (1990年刊行)

上記の他にも、司馬遼太郎の作品などを愛読書としているようです。

これらの刊行日を見ると、16歳(2018年時点)の少年からすれば古めの書籍ばかり。
「うーん、シブい」と思わず唸ってしまうラインナップです。

それぞれのジャンルも様々。「海賊とよばれた男」は歴史経済小説、「深夜特急」は紀行小説、「アド・バード」はSF小説です。

実際にあった出来事をもとにしている歴史小説や、体験した事実による紀行小説に比べ、全くのフィクションであるSFは異色に感じるかもしれません。

どんな作家が書いた作品なのか、気になりませんか?

参考サイト

日本将棋連盟「藤井聡太|棋士データベース」

 

2:「アド・バード」の作者、椎名誠とは?

 

アド・バード表紙
「アド・バード」ハードカバーと文庫版の表紙。(初版かつ読み込んでいるため、ボロボロですみません…。)

「アド・バード」の作者は椎名誠(しいなまこと)。

椎名誠は作家としてだけでなく、映画監督や写真家・編集者として、多岐に渡る作品を発表しています。

作品のジャンルも多く、SF小説だけでなく、自分の家族をモデルにした私小説、エッセイなどを豊富に執筆。

教科書に載った「岳物語」(がくものがたり)をご存知の方もいらっしゃるかもしれません。

 

特にエッセイにおける彼の文体は「昭和軽薄体」と呼ばれ、砕けた喋り口調が持ち味です

カタカナ・擬音語(ングング、ハフハフ)、口語調(だもんね)などなど。

椎名誠はお酒も大好き、「ビールングングコロッケハフハフ」などと書かれた文章に唾を飲んだ方も多いでしょう。
(ちなみにこれらの文体は、最近の作品では少なくなった印象です。)

 

3:椎名誠独特のSF「シーナ・ワールド」

 

小説の中で「アド・バード」「水域」「武装島田倉庫」は、まとめて「シーナSF 3部作」とファンに親しまれています。

これらは軽薄とは正反対、「重厚」「ハード」「サバイバル」といった物々しい雰囲気に満ちています。

SFのジャンルで言えば、以下の2つに当てはまる作品が多いです。
「ポストアポカリプス」(文明が崩壊した終末的な世界観)
「ディストピア」(徹底的に管理統制された社会を描く)

 

彼のSFは、その独特かつ殺伐とした世界観が大きな魅力
「シーナワールド」「椎名SF」と評されています。

おどろおどろしい生き物や人物、果ては機械まで。
様々な国を旅し、アウトドアやサバイバルに精通する作者だからこそ書ける描写が、そこかしこに表現されています。

また、漢字で彩られた文章は一文字ずつたどれば雰囲気の分かる造語となっており、妄想を掻き立てられます。
何故か記憶に残る造語の数々で、文章が構成されているのです。
「可児」(かに)、「百舌」(もず)、「灰汁」(あく)、ねご銃、ヒゾムシ、ワナナキ、アドバタイジング・バード…。

 

そう、「アド・バード」とは、「アドバタイジング・バード」のこと。

advertisingは「広告」という意味。
実は「アド・バード」の世界を大きく象徴しているのが、この「広告」なのです。

 

4:「アド・バード」のあらすじ

 

舞台は未来都市。
主人公は安東マサル。彼は弟・菊丸とともに、マザーK市を目指す旅に出ます。
目的は、行方不明とされていた父の捜索。

しかし荒廃した世界は、不可思議かつ危険な生物が跋扈する危険地帯
異常生物たちが織りなす奇妙な「自然界」の様子は、まさに弱肉強食です。

制御ができず暴走した生物たちや生体アンドロイドが、物語に大きく関わってきます。

途中に出会う男・キンジョーの正体とは?
さらに、菊丸をさらった謎の集団とは?
跋扈する謎の集団、そしてロボットたちを制御していたはずの存在はどこに?

多くの謎と驚異を目の当たりにしつつ、2人の旅は続きます。

物語の核心がとても斬新で、明かされたときには思わず身震いしてしまいました。
「第11回日本SF大賞」受賞も納得の面白さです!

 

5:「アド・バード」の魅力

 

珍妙不可思議、なのに引き込まれる世界

「広告戦争」がキーワードになるこの作品。
凄まじい生物や驚くような擬音の数々に、読者は圧倒されます。

兄弟たちの旅が「縦糸」(物語の本筋)とするなら、異常な生命体や街の様子は「横糸」です。
2章「1 戦闘樹」では、その珍妙な生物が兄弟たちから話が離れ、木々や蝶や蛾といった生物が主役になります。

この戦闘の異常さ・熾烈さは、読んでいて息を飲むほど。
登場しているのが木や虫であることに、なおさら驚きます。

特にこの章は、小説家であり文学者でもある高橋源一郎さんが高く評価したそうです。

目黒
当時、朝日の文芸時評で高橋源一郎さんが絶賛した。それは『自走式』にも収録されているけど、その一部をここに引くと、

椎名誠の小説を読んでいると、言葉にも肉体というやつがあるのだなと納得する。擬音の多用は下品とされるが、上品がなんぼのもんじゃい。宮沢賢治以来、こんなに擬音の使い方がうまい人がいたかしらん。

椎名
なるほど、嬉しいね、いい人だね(笑)。

椎名誠 旅する文学館 » Blog Archive » 『アド・バード』より

ちなみにこの引用は、ネットミュージアム「椎名誠 旅する文学館」からのもの。
このサイトには、椎名誠が自作を対談形式で振り返るページがあります。
気になる方は覗いてみてくださいね。

聞き手である目黒考二はエッセイスト・編集者で、彼と椎名誠は古くからの友人です。
1976年に雑誌「本の雑誌」をともに創刊しています。
「アド・バード」の「解説」も目黒考二が執筆。
その中では、この作品がどのような経緯で書かれたのかにも触れられています。

 

雰囲気たっぷりの表紙絵

この独特の表紙は、絵本作家・イラストレーターのたむらしげるさんが担当。
デジタルに見えますが、「レトラクローム」という、感光性カラーインクを使用した技法で描かれています。
青く暗い空間に光る目の鳥が怪しくも興味をそそられる、印象的なイラストですね。

 

分厚い文庫も良し、便利な電子書籍も良し

「アド・バード」の文庫は本文550ページ以上という、大ボリュームの作品です。
持った時の重厚感は、そのままこの物語をあらわしているかのよう。
ぜひ一度手に取っていただきたい書籍です。

また、電子書籍(Kindle)も用意されています。
「分厚い書籍を持つのが辛い…」という方は、こちらをどうぞ!

参考サイト

椎名誠 旅する文学館 » Blog Archive » 『アド・バード』
たむらしげるスタジオ

 

6:「シーナSF」短編をご紹介

 

この「アド・バード」、何と言っても「分厚い」

アド・バード小口
「アド・バード」小口

文庫ですら重く感じるこの分厚さ。なんと原稿用紙850枚にも及ぶ長編小説です。
この重厚さが「アド・バード」の持ち味と言っても過言ではありません!

……そうは言っても、「この量を読むのは大変」と、気後れしてしまう場合もありますよね。

そこで「シーナワールド」を存分に感じることができる短編小説を、いくつかご紹介します!

「みるなの木」
 

「銀天公社の偽月」(連作短編集)

「鉄塔のひと その他の短編」

「武装島田倉庫」(連作短編集)

比較的文章が読みやすい、と感じたものを上から並べてあります。
「連作短編集」とは、個々の短編ごとに主人公や世界観に繋がりを持った作品集のことです。 

この中で「武装島田倉庫」は、シーナSF三部作のひとつでもあり面白さも折り紙つき。
文章は漢字が多く硬い印象ですが、「アド・バード」よりハードボイルドな世界を味わえます。


「武装島田倉庫」は、鈴木マサカズが作画した、全4巻の漫画もあります。
原作から大きくアレンジした部分もありますが、雑然かつ想像しにくい世界観をビジュアルで理解できる意欲作となっています。
漫画を読んでから小説「武装島田倉庫」や「アド・バード」を読んでみると、苦手な方でもすんなり入ることができるかも!